2011年9月24日土曜日

老虎賦(会田綱雄の思い出のために)


老いた虎は悲しい
目は見えず
鼻はきかず
だが腹が減ると
野性は猛り立つのだ
すでに周囲に
生き物の気配はない
昨日まで
傷ついて逃れてきた
小さな生き物がいた
自分の腹に
やわらかい熱がもたれかかっていた
だが昨夜
紅い閃光のような時間がきて
自分の牙が血に濡れたのだ
もはやその生き物も
口の中から消え去った
あれは もしかしたら
天使だったのだろうか

妻も子もとおい昔
どこかへ行った
自分が喰らったのかもしれぬ
と考えると
それは間違いのない
事実だったようにも思えてくる
何もかも喰らってきたのだ
世界を喰らってきたのだ
そして老いて
喰らわれた世界の中心で
葉ずれの音と
自分だけが残った
それが
虎であるということだと
誰にともなくつぶやいてみる
遠くで 水の音がする
そろりそろり
水辺のほうへ
辿り着けなかった密林の夢を
見るために

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