2011年9月24日土曜日

いかりや長介が死んだ夜


1.

海と山にはさまれた 曲がりくねったその街は
いたるところ赤土と石段だらけで

斜面を少し滑り落ちるだけで
良ちゃんの短パンの尻はオレンジ色になった

二百段の石段をのぼりきれば、その建物に行けるが
俺たちはそんな安易な道は選ばない

触れるだけで皮膚を切る野草の葉と戦いながら
山間の道なき道をゆき、裏から潜入するのだ

不思議な造りをした大きな屋敷は
数年に一度の賑わいに満ちていて

偵察行動から帰った良ちゃんは
キンパツセクシーがいた!と興奮しきった声で告げた

その屋敷が何なのかすら知らずついてきた俺が
キンパツセクシーってなに?と聞き返すと

良ちゃんは真面目な顔で、片足を曲げてみせ
ちょっとだけよー!と言ったのだ

あんたも好きねえ!と俺はすかさず答え
俺たちは、草やぶの中で転げ回って笑った

2.

いかりや長介が死んだ夜
俺は、書き直した伝票を差し出して
愛想笑いしていたかもしれない

いかりや長介が死んだ夜
ぬるいコーヒーを出す自販機に軽く蹴りを入れ
休憩所の前でふくれっつらをしていたかもしれない

いかりや長介が死んだ夜
俺は、子供と顔を合わせることもなく
缶ビールを飲んで寝たかもしれない

記憶すら残らないその夜
俺の頭が手ひどく叩かれることもなかったし
頭上からタライが落ちてくることもなく
子供たちが、かあちゃんお腹すいたよー!と
憎々しげに叫ぶこともなかった

3.

舞台は回る 回る
歌手を乗せて 回る 回る
ああ、もう終わりの時間だ

歯みがけよー!とその男は怒鳴る
よけいなおせわだい!と良ちゃんは答える
良ちゃんの身体は熱くて いつも小刻みに揺れている
その振動が、よりかかったテーブルに伝わって
ほら!こぼれたじゃないの!とおばさんの声がする

4.

米軍もすっかり少なくなってね
それでもけっこうやれてはいるけどさ
一度こっちに帰ってこれないの?

いや、もう家もないからなかなか…
でもそのうち、必ず…じゃあ…

そう言って、電話を切って10年たつ
幼なじみが行方をくらまして1年たつ
つまらない借金で雲隠れだ

夢の中で、俺はうしろうしろーと叫ぶ
しむらー、きをつけろー

だって仕方がないじゃないか
俺たちにはもう、背後から忍び寄って
怖い顔して怒ってくれる人はいないんだ

少年の良ちゃんは、そう言ってさびしく笑う

5.

定食屋の汚いテレビの中で
残されたメンバーはうつむいていた

志村よ、加藤よ、高木よ、泣くのはずるい
君たちはいつまでも笑っていなくては

熱狂的な午後八時はすでに遠く
赤土と石段でできた故郷は、さらに遠い

手洗いに立ったときに涙がこぼれ
テーブルに戻りながらあわてて目をふいて

俺は若く輝かしい加藤茶のように
眉を動かし、にやりと笑い
伝票で落とそうな、と同僚に言った

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