2011年9月24日土曜日

夜の子供の歌


1.

子供は深い闇の時刻に生まれた
それが間違いだったと誰もが言った

夜更けに目覚め夜明け前に眠る
それが変えられない彼の宿命

三歳にして眠る母親しか知らず
五歳にして言葉を忘れ
七歳にして見えなくなる

十歳の秋、走り去る救急車を追いかけ
誰も彼を知らない家を出る

2.

夜から夜へ時は流れ
夜から夜へ時は流れ
夜から夜へ時は流れる

黒々としたアスファルトは彼の大地
点滅する信号機は彼の太陽

夜の子供は歩き続ける

カンカンと踏切の音がする線路脇
雑草の陰に木霊が潜む谷間
 聞こえない叫びが響く頭上の闇

灯がともる家の外から家の外へ
灯が消えた窓の外から窓の外へ

夜の中の夜の中の夜へ

3.

夜から夜へ時は流れ
夜から夜へ時は流れ
夜から夜へ時は流れ

消えかけた非常灯の下の夜
子供ははじめて人を知る

茶色にかすむ目をした老人
駅の通路でうずくまる小さな影

けいれんして震える背中に
もたれかかってあらゆる闇を眺め
獣くさい鬚に頬寄せて眠り

やがて老人は動かなくなり
子供はそのまぶたを押し上げて
見えない眼を奪い取る

4.

夜から夜へ時は流れ
夜から夜へ時は流れ
夜から夜へ時は流れ

見えない子供は夜を旅して
渦をまく街に辿り着く

オフィス街を行く靴音の傍らで眠り
怒声響く料理店の厨房で横たわり
コンビニのゴミ箱の前で目を閉じる

白昼の喧噪の中で彼が見る夜の夢
見えない闇の夢

彼はいつしか見えない男となり
その眼には見えない瞳が光り
人はそれをビー玉と呼んだが
夜の男にそれは聞こえない

5.

家々には必ずひとりずつ
布団に潜り息をつめる子供がいる

自分の呼気の熱さに
闇のなか身をよじる子供がいる

そのやみくもに閉じられたまぶたの下で
もうひとりの子供は生まれ

やがて眠りに落ちる創造主のそばで
不眠の夜をいくたびも過ごし

影の子供は、ある夜、故郷の寝床を離れ
床きしむ暗黒の台所を手探りで通り抜け

重たい玄関の戸を、そろそろと開き
つめたい夜気の中に歩み出る

6.

手探りで塀づたいに歩く
四丁目高野屋スーパーは深夜うずくまる黒い丘
その横の電柱のかたわらに
闇より暗い男が立っている

       日が暮れた後に、石蹴り遊びをしてはいけない。
       まして、七歩以上いっぺんに跳んではいけない。
       チヨコレイト、の掛け声の後、なおも飛ぼうとしてはいけない。
       チヨコレイトドロツプ、と声がして
       義眼の男が、どこからともなく現れる。
       男の両眼には、青いビー玉が嵌っている。

かくして影の兄弟は永遠に失われ
彼は、ビー玉男のすそにつかまって旅に出る

7.

(兄弟よ きみはいま どこかわからない町の 家々のあいまを
うつむいて歩いている 通り過ぎる車のヘッドランプに
顔をそむけ 美容室のシャッターの前 側溝の蓋を カタカタと
踏みならし 千の夜を 歩いている)

兄弟よ

(きみは言葉を知らず 人を知らず きみが
消えられる 夜の奥を ただ目指して)

兄弟よ

    (自販機の照明がわずかにきみの顔を光らせる。
    きみの眼には、いま、ビー玉が嵌っている)

私がきみになる日はなく、私がきみにさらわれる日はなく
私は、ここに取り残されるだろう

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